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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)124号 判決 1972年1月25日

原告

松岡きく

外一六名

代理人

泉博

外五名

被告

田島守保

外二名

代理人

池田由太郎

外三名

主文

被告らは連帯して東京都国立市に対し一五、〇〇〇、〇〇〇円を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告ら、その余を原告らの負担とする。

事実

第一  申立て

(原告ら)

主文第一項と同旨に加えて、「被告田島守保は東京都国立市に対し一三三、〇五二、二三五円およびこれに対する昭和四〇年一月一一日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

(被告ら)

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求める。

第二  原告らの請求原因

一  原告らは、いずれも東京都国立市(その市制施行前は北多摩郡国立町という。)の住民であるが、同市の市制施行前において、被告田島守保は昭和三〇年から昭和四二年まで国立町町長、被告今井兼太郎は昭和三四年から昭和四二年まで同町助役、被告佐伯邦房は昭和三四年以前から昭和四二年まで同町収入役の地位にあつたものである。

二  被告田島は、国立町町長として、同町の「議会の議決を経べき財産、営造物及び契約の締結に関する条例」第五条に定める権限に基づき、昭和三八年三月一一日大村建材株式会社(ただし、後に商号を大村興業株式会社と変更。以下大村建材という。)との間において、別紙不動産目録記載の土地合計四、四一七坪(実測約五、〇〇〇坪。以下A地という。)につき、同会社がこれを路面より平均一三センチ高くなるように埋立てたうえ、坪当り一一、五〇〇円の価格で国立町がこれを買い受ける旨の契約を締結した。

ところが、同被告は、その後なんらの理由もなく、大村建材からの不当な申込みに応じて、右売買価格を坪当り一四、四五五円に増額するとともに、他の土地約三、〇〇〇坪(以下B地という。なお、AB両地を合わせて本件土地ともいう。)を右同様の条件で売買の目的に加える旨の契約変更を合意し、さらに同年九月三〇日までの間に後記のとおり右代金全額に近い一一〇、〇〇〇、〇〇〇円を大村建材に支払いながら、同年一〇月一日同町議会に対し、以上の経過をことさら秘匿したまま、右変更にかかる内容の買収契約を締結する旨の議案(議案第八六号ないし第八八号)を提出した。このため、右買収について経過の真相を知りえなかつた同町議会は、尽すべき審議を尽さず、即日同議案を議決するにいたつた。右の結果、国立町は、本件土地の買収代金として坪当り一四、四五五円を支出したのであるが、被告田島が町長として、前記買収価格の増額を承諾し、かつ、議会に対し真相を秘匿するという違法行為をあえてしなかつたならば、A地だけは坪当り一一、五〇〇円で取得できたのであるから、四、四一七坪分の差額合計一三、〇五二、二三五円は同被告の右違法行為により国立町の被つた損害というべきである。

よつて、同被告は、国立町に対し右損害を賠償すべき義務がある。

三(一)  国立町は、大村建材に対する右買収代金の支払いにあてるため、昭和三八年三月一一日から同年一二月二七日までの間に、多摩中央信用金庫から別表(一)欄記載のとおり総額一二三、八四五、〇〇〇円を利息日歩二銭三厘の約定で借り入れ、これを同表(二)欄記載のとおり大村建材に支払い、かつ、昭和四二年三月一三日までに右借入金に対する同月二三日までの利息として合計三四、六五七、四七七円を同信用金庫に支払つた(ただし、右代金については、本件土地の一部に国有地が含まれていたので、その代金相当分一、五六一、一四〇円を昭和三九年一〇月大村建材が国立町に返還した。)。

しかし、右借入金に対する利息の支払いおよび大村建材に対する代金の支払いは、次の(二)(三)記載の理由によりいずれも違法な公金の支出である。しかるに、被告田島はこれを知りながらあえてその支出を命令し、被告佐伯は右命令に従つてはならないのにこれに応じて支出を行ない、被告今井は右支出に関して町長を補佐し収入役を監督する職務を故意もしくは過失により怠つたもので、被告らの右共同違法行為により国立町は後記損害を被つたのであるから、被告らは同町に対し右損害を連帯して賠償すべき義務がある。

(二)  利息の支払いについて

地方自治法(ただし、昭和三八年法律第九九号による改正前のもの。以下旧地方自治法という。)によれば、地方公共団体が行なう借入れは、地方債(第二二六条)と一時借入金(第二二七条)とに限られているが、本件の借入れは右の一時借入金でないことが明白であるし、また、地方債としても、同法第二二六条、第二五〇条、同法施行令第一七四条の定める町議会の議決および東京都知事の許可を経ていないから無効である。したがつて、右借入れに対する前記利息の支払いを違法であり、国立町は同額の損害を被つたものというべきである。

被告らは、前記議案第八八号の議決により本件買収代金支払いのための借入れが承認されたものであると主張するが、同議案は、旧地方自治法第九六条第一項第八号に定める予算義務負担のための議案であつて、買収代金の支払いという予算外のあらたな債務を負担し、その支払いを昭和三九年度中に行なうことの承認を求めるものにすぎず、それ以外になんらの意味も有しない。右議案が議決されたときは、その支払資金の手当として、昭和三九年度予算において歳入から支払するよう計上するか、あるいはあらたに起債の手続をとることが必要となるのであり、被告らの前記主張は同法第二二六条、第二五〇条を無視するものである。

(三)  代金の支払いについて

地方公共団体は、予算に基づくか、あるいは予備費、費目流用その他財務に関する規定によらなければ公金を支出することができないところ(同法第二三二条第二項)大村建材に対する本件買収代金の支払いについては、国立町の昭和三八年度予算に計上されておらず、他に法定の正当化事由もないばかりでなく、前記議案第八八号によれば、右代金の支払時期は昭和三九年度と予定されているのであるから、昭和三八年度中になされた本件支払いは違法である。もつとも、同町議会は、昭和四一年三月三〇日にいたり、右代金の支払いを同町の昭和四一年度一般会計補正予算として議決したが、これによつて右代金の支払いが遡つて適法となるものではない。のみならず、国立町と大村建材との前記契約によると、本件買収代金は本件土地につき農地法第五条の転用許可と所有権移転登記がなされた後に支払うものと定められていたのに、右各手続の履行前に代金が支払われた点においても違法な支出というべきである。

このため国立町は、

1 右代金を支払うべきでない時期に支払つたことにより、その支払額一二三、八四五、〇〇〇円に対する最後の支払日の翌日である昭和三八年一二月二八日から前記昭和四一年度一般会計補正予算成立の前日である昭和四一年三月二九日まで民事法定利率年五分の割合による利息相当額一三、九四五、二八六円の損害を被つたか、

2 または、右代金の支払いにあたり控除すべきところの右同期間、同利率による中間利息を控除しなかつたことにより、ホフマン式計算によつて算出される右中間利息相当額一二、五三三、九三二円の損害を被つたか、そのいずれかである。そして、右損害が被告らの違法な職務執行によるものであることは前記のとおりである。

四  原告らは、昭和三九年九月三〇日国立町監査委員に対し、同町の被つた以上の損害を補填するため必要な措置を講ずべきことを請求したが、同年一一月二八日同監査委員から右請求は理由がない旨の通知を受けた。

五  よつて、原告らは、前記改正後の地方自治法第二四二条の二第一項第四号の規定に基づき、国立町に代位して、被告田島に対し、前記二の損害額一三、〇五二、二三五円の賠償とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四〇年一月一一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を同町に支払うべきことを求め、被告らに対しては前記三の(二)または(三)の各損害のいずれかのうち一五、〇〇〇、〇〇〇円を連帯して同町に賠償すべきことを請求する。

第三  被告らの答弁

一  請求原因第一項は認める。

二  同第二項のうち、被告田島が昭和三八年一〇月一日国立町議会に議案第八六号ないし第八八号を提出し、同議会がこれを議決したことは認めるが、その余は否認する。

もつとも、同被告が、同年三月一一日に大村建材の代表取締役大村一郎と原告ら主張のような内容の契約(ただし買主は同被告)を結び、次いでこれを原告主張のとおり変更し、かつ、その代金の一部を大村に支払つた事実はあるが、これらはいずれも国立町の機関としてではなく、同被告個人としての行為にすぎない。同被告は、その後同年一〇月一日に前記議案が議決されたので、これに基づき、国立町を代表して大村との間に右議決どおりの契約を締結したものである。

また、同被告が買収価格の増額に応じたのは、当初の契約締結後間もなくA地の付近の土地が高速道路用地として坪当り一八、〇〇〇円余で日本道路公団に買収されたことなどからみて、A地についても坪当り一四、五〇〇円程度に増額することはやむをえないと判断されたからであつて、右価格は決して高すぎない。同被告としては、事案の重要性にかんがみ、前記議案を議会に提出するに先立ち、同年七月二七日に同町議会議員の全員協議会を招集し、本件土地を同町が買収すること、その買収価格は坪当り一四、〇〇円ないし一五、〇〇〇円であることなどを説明したところ、各議員は現地を視察したうえ、多数をもつて同被告に買収を一任する旨の決議をしたのであり、その後の議会においても買収価格を一四、四五五円とする前記議案が議決されているのであるから、右買収価格について同被告が責任を問われるいわれはない。

三(一)  同第三項(一)のうち、国立町が多摩中央信用金庫から利息日歩二銭三厘の約定で別表(一)欄番号7ないし9記載のとおり金員を借り入れ、これを同表(二)欄番号7ないし9記載のとおり大村に支払つたこと、代金の一部一、五六一、一四〇円が後日大村から国立町に返還されたこと、本件土地買収資金の借入利息として原告ら主張のとおり合計三四、六四七、四七七円が同信用金庫に支払われたこと(ただし、右支払利息のうち国立町の借入金に対する利息は三二、七八二、八九二円であり、残額は後記の被告田島個人の借入金に対する利息である。)は認めるが、その余は否認する。

別表(一)(二)欄番号1ないし6記載の各借入れおよび支払いは、同被告が個人としてしたもので、国立町とは関係がない。もつとも、その後前記議案が議決されたことに伴ない、昭和三八年一一月五日に同町が前記信用金庫から右個人借入分と同額の一一〇、〇〇〇、〇〇〇円をさらに借り入れ、同日これを大村に支払つたので、被告由島がさきに個人として支払つた代金一一〇、〇〇〇、〇〇〇円は大村から同被告に返還された。

(二)  同第三項(二)のうち、前記信用金庫からの借入れが旧地方自治法の定める地方債および一時借入金のいずれにもあたらないことは認めるが、右借入れが違法であるとの主張は争う。

旧地方自治法のもとにおいて地方公共団体の行なう借入れは、右地方債および一時借入金だけに限られず、それ以外のものであつても、同法第九六条第一項第八号、第二三九条の二の規定により予算外義務負担として議会の議決を経れば適法になしえたものである。そして、前記議案第八八号は、本件土地の買収代金を昭和三八年度内に支払うため、同年度の予算外義務負担として金員を借り入れ、これを昭和三九年度に一般歳入をもつて返済することの承認を求めるものであり、右借入金に対する利息も義務負担額一四八、〇〇〇、〇〇〇円のうちに含まれているのであるから、同議案の議決を経たうえでなされた前記借入れおよび利息の支払いになんら違法の点はない。右議案には借入先および借入利息について記載がないけれども、国立町においては、借入先が同町の指定金融機関である前記信用金庫であることならびに借入利息は町理事者の交渉に一任することが議員間に公知の事実となつており、しかも右借入れおよび利息の支払いに関しては同町の昭和三九年度一般会計補正予算、昭和四〇年度一般会計予算に計上して議会の議決を経ているから、議案第八八号の前記一部脱漏の瑕疵は補正されたものというべきである(なお、同町においては従来から予算外の借入れをする場合つねに本件と同様の方法によつて処理してきた。)。

(三)  同第三項(三)のうち、本件買収代金の支払いが国立町の昭和三八年度予算に計上されていないこと、右代金が本件土地について農地法第五条の転用許可および所有権移転登記が未了の間に支払われたことは認めるが、右支払いが違法であるとの主張は争う。

前記のとおり、議案第八八号の議決により、本件買収代金を昭和三八年度内に支払うための予算外義務負担が認められたのであるから、右支払いを同年度の予算に計上せずになしうることは当然である。

また、本件土地の買収にあたつては、事前に関係官庁と折衝して農地転用につき一応の了解を得ていたし、移転登記についても大村から登記手続に必要な書類の交付を受けていたので、実質的には右許可および移転登記を経たものと同視して代金を支払うのが取引上の信義則にかなう所以である。

四  同第四項は認める。

第四  証拠関係<略>

理由

一請求原因第一項記載の原告らおよび被告らの地位については当事者間に争いがない。

二買収価格の不当を理由とする被告田島に対する請求について

(一)  <証拠>に本件口頭弁論の全趣旨を合わせると、次の事実を認めることができる。

本件土地はもと農地であつたが、地下に埋蔵されている砂利を大量に採取したため、その砂利穴に雨水がたまり、昭和三七年当時には同地の大半が広大な湖沼と化していた。このため、国立町においては、同土地の右のような農地法違反の状態を早急に解消し、あわせて住民の危険を防止することが町政の懸案となつていた。ところで、砂利採取等を業とする大村建材(代表取締役大村一郎)は、かねてから同土地の一部を取得し、他の部分については所有者からその埋立てと売却を委任されたうえ、右砂利穴の埋立工事を行なつていたが、埋立用土砂を運ぶトラックの道路が国立町の行政上の措置により通行禁止となり、工事に支障を生じたので、昭和三七年暮ごろ同町に対し、本件A地を廉価で売却したい旨申し入れたところ、町当局においても、右土地を町が買収すれば、前記懸案を解決できるばかりでなく、将来公共施設の敷地として利用することもできるため好都合であるという判断から、右申入れに応じてA地を買取することとなり、昭和三八年三月一一日被告田島が国立町町長として、大村建材との間に、右A地を路面より平均一三センチ高くなるよう同会社が埋立て、これを国立町が坪当り一一、五〇〇円で買い受ける旨の契約を締結した。しかし、国立町においては、旧地方自治法第九六条第一項第九号および同町の「議会の議決を経べき財産、営造物及び契約の締結に関する条例」第三条により、契約金額一件一、〇〇〇、〇〇〇円以上の不動産を購入するときは議決を経なければならないものと定められており、A地の買収についてはいまだ右議決を経ていなかつたので、前記契約の締結にあたつては、買主名義を国立町とせずに被告田島個人とし、かつ、同町議会の議決を経たときに右契約が正式に成立するものとした。

ところが同年六、七月ごろ大村建材から国立町当局に対し、A地の砂利穴が予想以上に深く埋立費用が余分にかかるため、前記買収価格では採算がとれないから、坪当り一五、〇〇〇円程度に増額してもらいたい旨の申入れがあつた。被告田島は、当初これを拒否していたが、もし大村建材が採算上の理由等から契約を履行しないようなことになれば、前記懸案の解決が困難となつて好ましくないこと、また、同年三月下旬ごろにはA地の付近の土地が高速道路用地として坪当り一八、三六〇円で日本道路公団に買収されていることなどに加え、右増額申入れと前後して、大村建材からさらにA地と隣接する本件B地をもA地と合わせて売却してもよい旨の申出があり、これは町としても歓迎すべきことであつたので、被告田島はこれらの事情を考慮のうえ、さきの契約の変更に応ずることとし、改めて本件AB両地を大村建材に前同様埋立てさせ、これを坪当り一四、四五五円で国立町が買い受けることに合意した。

その後、被告田島は、右買収について町議会の議決を求めるに先立ち、あらかじめ議員の了解を得ておくため、同年七月二七日同町議会議員の全員協議会を開催し、席上、本件土地を町の公共用地として買収したいこと、その坪当り価格は最高一五、〇〇〇円、最低一四、〇〇〇円となる見通しであること、農地転用については東京都の所管部局の了承を得ていることなどを説明したところ(それ以外の取引経過については説明しなかつた。)一部職員から右買収価格が高すぎるとする反対意見も出たが協議の途中で職員が現地を視察した結果、九、〇〇〇坪余のまとまつた土地を取得することは町のために有益であるとの意見が支配的となり、結局、出席議員二五名中一七名の賛成により、右買収問題を町長に一任することが決つた。

次いで、同年一〇月一日、被告田島は、前記条例の規定に基づき、本件土地の買収について同町議会の議決を求めるため、次のような内容の議案第八六号ないし第八八号を同町議会に提出した(前記のとおり本件土地の売主は実際には大村建材であるが、同会社の所有名義となつていなかつたので、農地法第五条の転用許可を受ける関係上、議案第八六号では土地所有名義人である沢井正義ほか一七名を売主と表示し、これに伴い、大村建材の施行する埋立工事関係を右売買から切り離して議案第八七号としたものである。)。

1  議案第八六号

公共用地取得のため買収契約を左記により締結する。

契約の目的 公共用地の買収

土地の所在地 東京都北多摩郡国立町谷保上新田三、一八五番地のイの一ほか三九筆

土地の種類 田 七反五畝五歩

および坪数 畑 一町七反二畝一一歩

原野 一反一畝一二歩

山林 六畝一四歩

芝地 九畝歩

合計 二町七反四畝一二歩(公簿面)ほか畦畔三畝二七歩

実測坪数 九、〇四七坪

契約金額 五、一九三、五〇〇円

契約の方法 随意契約

契約の相手方 沢井正義ほか一七名

2  議案第八七号

公共用地埋立工事請負契約を左記により締結する。

契約の目的 公共用地(議案第八六号により取得した公共用地九、〇四七坪)の埋立工事

契約の方法 随意契約

契約金額 七八、五八六、〇〇〇円

契約の相手方 大村建材

工期 契約の日から昭和三九年三月三一日まで

3  議案第八八号

公共用地の取得および埋立工事施行のため左記により予算外義務負担をする。

目的 公共用地の取得および埋立工事

内容 土地買収契約および公共用地埋立工事請負契約の締結

限度 一四八、〇〇〇、〇〇〇円以内

契約締結の時期 昭和三八年度

支払の時期 昭和三九年度

引当財源 一般歳入

そして、右議案の提案理由の説明および質疑の応答において、同被告は、大村建材との当初の契約の締結やその変更の事実をなんら明らかにせず、また、後記のとおり、当時までに一一〇、〇〇、〇〇〇円の代金を大村建材に支払いずみであつたのに、この事実についても説明しなかつたが、同町議会の審議においては、買収価格の点について異論をとなえる議員もなく、賛成多数をもつて即日右議案を議決したので、これにより、同町と大村建材との間に前記変更にかかる内容の契約が正式に成立した。

以上の事実を認めることができ(ただし、前記議案の提出およびその議決の事実は当事者間に争いがない。)、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  右事実によれば、大村建材との当初の契約の締結およびその変更は、形式上被告田島個人の名義をもつて行なわれたとはいえ、実際は同被告が国立町町長としての立場でその職務の執行としてなしたものと認めるべきであるから、これを同被告個人の行為にすぎないという被告らの主張はとうてい採用できないけれども、他方、坪当り一四、四五五円の価格による買収が同被告の違法行為によるものであるとの原告らの主張もまた次のような理由からたやすく是認することができない。

すなわち、原告らは、同被告が、(1)本件A地の買収価格の増額に応じたことおよび(2)当初からの交渉経過等を町議会に対して明らかにしなかつたことの二点をもつて違法であると主張するのであるが、右(1)の点については、本件と同時期における前記近隣地の公共用地としての買収価格と対比し、坪当り一四、四五五円の価格自体が不当なものとは認めがたい。もつとも、右価格自体が適正であつても、当初の価格を増額したことの当否がなお問題となるわけであるが、元来、不動産取引における売買価格は諸種の複雑な要因によつて左右されるものであり、いつたんその価格を合意した後であつても、交渉によりこれを増減する例は取引上往々みられるところである。そして、本件の場合は、大村建材が当初の価格では採算がとれないとして坪当り一五、〇〇〇円程度に増額することを訴えており、前記買収実例からすれば右価格でもなお安かつたといえるのであるから、町当局者の立場としては、もし増額に応じないために、大村建材が採算上の理由等で契約を履行しないことになると、実際上事態が紛糾し、せつかくの懸案解決が困難になるということを配慮するのも無理からぬことというべきであつて、これらを勘案すれば、他に特段の事情が認められないかぎり、同被告が前記増額に応じたことをもつて職務上の義務に違背したものということはできない。

また、前記(2)の点についていえば、本件買収は、その買収価格の総額からしても国立町の町政に重大な影響を及ぼすものであるから、町長として議会の議決を求めるにあたつては、秘匿するにつき相当の合理的理由がないかぎり、取引の経過等についてもこれを明らかにすべきことは当然である。しかしながら、本件においては、同町議会の議員が全員協議会で現地を視察のうえ坪当り一四、〇〇〇円ないし一五、〇〇〇円の価格で買収することを相当として是認し、さらに、買収議案の審議に際しても価格の点についてはなんら問題とならなかつたことなどから考えると、同被告が議会に対して当初からの取引経過等の全容を明らかにすることにより、買収価格の当否等についてさらに論議が行なわれたであろうことは推測しうるけれども、それ以上に進んで、前記価格による買収が否決され、坪当り買収価格が一一、五〇〇円と決定されたであろうとまではとうてい断定することができない。要するに、同被告の右行為と本件買収価格の決定との間に法律上の因果関係を認めがたいのである。

(三)  以上により、本件A地の買収価格の増額分につき、同被告に対してその賠償を求める原告らの請求は、その余の点を判断するまでもなく失当といわなければならない。

三不当支出を理由とする被告らに対する損害賠償請求について

(一)  <証拠>に本件口頭弁論の全趣旨を合わせると、次の事実を認めることができる。

被告田島は前記大村建材との契約に基づく買収代金の支払いにあてるため、昭和年三八年三月一一日から同年一二月二七日までの間に、多摩中央信用金庫から別表(一)欄記載のとおり総額一二三、八四五、〇〇〇円を利息日歩二銭三厘の約定で借り入れ、これを同表(二)欄記載のとおり大村建材に支払つた。もつとも、右各借入れおよび支払いのうち、前記議決後になされた別表(一)(二)欄番号7ないし9の借入れおよび支払いは、その実態にそくして国立町名義で行なわれたのに対し、番号1ないし6の借入れおよび支払いは、その当時の大村建材との契約がまだ同被告個人の名義であつたことに対応して、これも同じく同被告個人名義をもつて行なわれたが、この個人名義の借入金合計一一〇、〇〇〇、〇〇〇円は同年一一月五日付をもつて国立町名義の借入金に切り替えられ、かつ、同日右借入額を同町が本件買収代金として大村建材に支払つたような形式がとられた。また、右別表(一)欄記載の各借入金に対する借入時から昭和四二年三月二三日までの利息合計三四、六五七、四七七円はすべて同町がこれを支払つた。

本件買収代金の決済は右のようにして行なわれたが、これら一連の処理に関しては、被告今井、同佐伯も終始被告田島から相談にあずかつており、前記代金および利息の現実の支払いは、被告佐伯が同田島の命に従つて行なつたものである。

以上のとおり認めることができ(ただし、前記番号7ないし9の借入れおよび支払いが国立町名義でなされたことならびに前記信用金庫に対し右借入利息が支払われたことは当事者間に争いがない。)右認定を左右するに足りる証拠はない。

被告らは、前記番号1ないし6の借入れおよび支払いが被告田島の個人的取引であつて、国立町には関係がないと主張するけれども、前認定の大村建材との契約の実態ならびに右個人名義の借入利息を同町が支払つていることなどに徴すると、右の借入れおよび支払いは、その形式上の名義にかかわりなく、いずれも国立町の機関である被告らの職務執行として同町のために行なわれたものと認めるのが相当である。

(二)  そこで、以上の事実に基づき、まず、本件借入れとその利息の支払いの適否について検討するのに、被告らは、前記議案第八八号の議決により、昭和三八年度の予算外義務負担として、本件の買収代金を借入金によつて支払うことが承認されたのであるから、右借入れおよび利息の支払いは適法であると主張する。しかし、この主張は、次の理由により明らかに誤りである。

地方公共団体は、その主要な財源を住民の租税に依存するものであるから、一会計年度の財政運営の基礎をなす歳入歳出予算について当該地方公共団体の議会の議決を経べきことは当然であるが(旧地方自治法第九六条第一項第二号)、右予算は、たんなる収入支出の見積表ではなく、歳入歳出の予定準則として執行機関を拘束するものであるから、歳出予算に計上されない支出がいかなる場合においても許されないことはもとより、右歳出予算内の支出であつても、歳入予算として計上されない収入をもつてこれを支弁することは法定の場合を除き許されない。そして、法は、地方財政の健全性を確保するため、地方公共団体の行なう借入れについて、議会の議決さえあれば無制限でよいとの態度はとらず、当該年度の予算内支出にあてるための借入れとして一時借入金(旧地方自治法第二二七条)を、次年度以降にわたる歳入を補うための借入金として地方債(同法第二二六条)を認めるとともに、借入れを例外的なものとする建前から、地方公共団体の歳出は、一定の場合を除き、地方債以外の歳入をもつてその財源としなければならないと定めているのである(地方財政法第五条)。ところで、旧地方自治法第九六条第一項第八号に定める予算外義務負担とは、歳出予算の金額、継続費または繰越明許費の金額に含まれているもの以外に、将来において財政支出の原因となる行為をいうものであり、これを議会の議決事項としたのは、将来の財政負担を伴う行為そのものについてあらかじめ議会の監督を経させることにより、財政運営を慎重ならしめるためである。したがつて、予算外義務負担についての議会の議決は、執行機関が財政支出の原因となる行為をなすことを承認するにすぎないものであつて、右行為に基づく債務を履行するためには、あらかじめ支出すべき当該年度の歳出予算に計上して議会の議決を経なければならず、まして右債務の履行のために他から借入れをすることなどはまつたくこれに含まれていないのである。かようにみてくると、地方公共団体が、歳出予算に計上すべき支出にあてるため、予算外義務負担として、一時借入金でも地方債でもない歳入予算外の借入れをするというようなことは、法律の予想しない違法な財政運営というべきであり、たとえそれが一部の地方公共団体において慣行的に行なわれてきたとしても、是認することはできない。

これを本件についてみると、本件借入れが旧地方自治法の定める地方債および一時借入金のいずれでもないことは被告らも認めるところであり、また、被告らのいう議案第八八号は、その形式から明らかなとおり、国立町が昭和三八年度において本件土地につき総額一四八、〇〇〇、〇〇〇円の限度で請負および売買契約を締結し、その代金の支払いは昭和三九年度に一般歳入を引当財源として履行するという予算外義務負担についての承認を内容とするものであつて、これを議案第八六号および第八七号と合わせてみても、右代金の支払資金を昭和三八年度中に他から借り入れることを承認したものとはとうてい解されない。してみると、右議案の議決によつて執行機関がなしうる事柄は、昭和三八年度に右議決にかかる請負および売買契約を締結することだけであり、それ以外に、右契約代金の支払いのための金員を同年度中に借り入れるというようなことが許されないことは前記のとおりである。

もつとも、<証拠>によれば、国立町においては昭和三九年度から昭和四一年度まで毎年度の一般会計予算書に、本件土地買収のための借入金に対する当該年度分の利息(ただし、右予算書には教育施設等取得資金に対する借入利子と記載されている。)を歳出として計上するとともに、昭和三八年法律第九九号による改正後の地方自治法第二一四条、第二一五条第四号の規定により、公共用地取得および埋立工事として一四八、〇〇〇、〇〇〇円の債務負担行為に関する事項を記載し、それぞれにつき同町議会の議決を経ていることが認められるけれども、基本たる借入れそのものが前記のとおり違法である以上、その利息の支払いについてのみ予算の措置を講じたとしても、これによつて右利息の支払いが適法となるものではないし、また、右各予算書に記載された債務負担行為は、旧地方自治法上の予算外義務負担にあたるものを前記改正法の規定に従い予算の内容として掲げたものにすぎないから、本件借入れの適否とはかかわりがない。

以上により、本件借入れは違法と解するほかなく、これに対する利息の支払いも違法な公金の支出というべきである。

(三)  ところで、被告らが右利息の支払いを含め本件買収代金の決済について終始相はかりながら関与したことは前記のとおりであり、他に反証のないかぎり、被告田島は町長としてすくなくとも過失により右利息の違法支出を命令したもの、被告今井は助役として町長を補佐し収入役の事務を監督すべき職責があるのに(旧地方自治法第一六七条)、右違法支出につきすくなくとも過失によつてその職責を尽さなかつたもの、被告佐伯は収入役として町長の違法な支出命令に従つてはならないのに(同法第二三二条第二項)、すくなくとも過失により右命令に応じてその支払いをしたものと推認される。

したがつて、被告らは、右利息の違法支出により国立町の被つた損害を連帯して賠償すべき義務を免れないところ、右支払利息額が三四、六五七、四七七円であることは前記のとおりであるから、これをもつて同町の損害と認めるべきである。

(四)  そして、原告らが昭和三九年九月三〇日国立町監査委員に対し、同町の被つた右損害を補填するため必要な措置を講ずべきことを請求したが、同年一一月二八日同監査委員から右請求は理由がない旨の通知を受けたことは、当事者間に争いがない。

そうすると、右損害のうち一五、〇〇〇、〇〇〇円につき、前記改正後の地方自治法第二四二条の二第一項第四号の規定に基づき、国立町に代位して、被告に対しその賠償を求める原告らの請求は理由があるというべきである。

四よつて、原告らの本件請求のうち、被告らに対し右一五、〇〇〇、〇〇〇円を連帯して国立町に支払うべきことを求める部分は正当として認容するが、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項本文を適用し、なお、仮執行の宣言は相当でないと認めてこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(高津環 内藤正久 佐藤繁)

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